公益財団法人 自然農法国際研究開発センター 公益財団法人 自然農法国際研究開発センター

第6回 2023年夏の猛暑を乗り越えた野菜たち

晩秋の自然育種園 手前は葉形、色が様々な自然生えケール

 

概要
1. 猛暑でも元気な野菜たち
2. 群生して「競争、我慢、共存」から強さが生まれる
3. 群生の実際
4. 木をバテさせない収穫の工夫
5. 腐葉土がつくられる溝は生き物のオアシス
6. 雑種強勢を生かす
7. 多様性に支えられた自然育種園

 

1. 猛暑でも元気な野菜たち

 2023年夏の猛暑は特別でした。自然育種園は松本市の山沿いにある標高700mの場所にありますが、準高冷地の涼しさは感じられず、炎天下での農作業は73歳の身体 にはかなりハードでした。実際、松本の最高気温35度以上の「猛暑日」は7月に5日、8月に10日、9月に3日の計18日もありました(平年は計5.8日)。しかし、 厳しい夏にもかかわらず自然育種園の野菜たちはいたって元気。キュウリは例年8月下旬に終了するところを9月下旬まで収穫、トマト、ピーマン、ナスはこれまでで最長の11月上旬までなり続け、夏バテ気味の人間に比べてタフな野菜たちに驚いています。温暖化の影響で夏の暑さは年々厳しくなってきており、猛暑に適応できる育て方やタネの育成が課題です。

 2023年夏は記録的な猛暑にもかかわらず、野菜たちの頑張りで長期間収穫することができました。今回はその要因として考えられることをまとめてみました。

  • 収穫前期のキュウリ(2023年8月9日)

 
 

2. 群生して「競争、我慢、共存」から強さが生まれる

 2022年夏の キュウリ、トマト栽培では、根をよく張らせ、しっかりした木を作るように株間を広くとり、一株当たりの支柱を6本に増やして(以前は4本)、主枝、側枝を誘引しました。「ツル間にゆとりを持たせ、光線透過を良くすれば根がよく張るのではないか」と考えたのです。しかし、これが裏目に出ました。日中の強日射による葉のしおれがひどく、思ったほど側枝の発生が見られず、草勢を弱めてしまいました。「高温、強日射下では日陰を求めるのは人間も植物も同じ、猛暑の夏は日陰ができるように葉を混ませるような仕立て方が良かった」と反省しています。しかし、 気象を前もって予測することは難しく、様々な条件に対応できる「柔軟性のある栽培」が大事だと思いました。

 一方、畑の自然生え野菜たちを観察すると、かれらはたくさんタネをこぼし、草の中で群生(同じ種類の植物が群がって生育すること)して、いつのまにか子孫を残しています。植物生態学者、宮脇昭氏は著書『緑の証言』で、「競争の激しい自然界では、ほとんどの植物は、最適な環境をより強い植物に占有されて、少し条件の悪い場所で我慢して生育している。そしてむしろ、少し厳しい環境のほうが、競争し、互いに我慢し合いながら、共存することでバランスが保たれ、植物の安定した生育がみられる」と述べています。同様に「自然生え野菜のたくましさは、群生することで競争、我慢、共存の中でもまれ、環境にうまく適合しているのではないか」と考え、自然育種園ではこれに習って草勢がおとなしく競争力の弱いピーマン、ナスを、一本立ちをやめて群生させるようにしたところ 、葉がいつまでも若々しく木が長持ちするようになりました。

 そこで、2023年はすべての果菜類を栽培終了まで群生させてみることにしました。

 
 

3. 群生の実際

 野菜を群生させるときは、「低めの気温、少なめの土壌水分、少し痩せた土壌」などやや厳しい条件下でじっくり生育させると、コンパクトな草姿になり葉が混み合わず 徒長することが ありません。そこで、ウリ科の果菜類は例年より6日早く5月9日(最低気温3.6℃)に直播しました。カボチャ、メロン、スイカは地這いで栽培、巣まきして苗団子から群生させ、無整枝、放任にして畝上に自由にツルを這わせました。メロン、スイカはアブラムシが発生すると生長点が萎縮して生育不良を起こしますが、群生している葉は厚くしっかりしており、葉の萎縮やモザイク病の発生も見られませんでした。群生してツルが混み合っているにもかかわらず着果が良く、ツル伸びの早い個体に着果し、大玉の完熟果を収穫することができました。

 キュウリ、トマトは立ち作りにするため、群生した全株を誘引するのは難しいと考え、できるだけ地這いで群生させ、側枝が発生して個体間の強弱が判別できるようになったときに、各群生集団の中の代表的個体を2株(群の草勢が弱ければ株数を増やす)選抜して誘引しました。キュウリは50㎝間隔の合掌に支柱を立て、畝中央に株間1m間隔に巣まきし、主枝を片側の2本の支柱に誘引、側枝を反対側の2本の支柱に誘引しました。 トマトは40㎝間隔の合掌に支柱を立て、畝中央に株間120㎝間隔に陽だまり育苗(第3回参照)の苗を定植し、1株の主枝、側枝を片側の3本の支柱に誘引、もう1株の主枝、側枝を反対側の3本の支柱に誘引(側枝数が多くても一本の支柱に数本まとめて誘引)しました。一ヶ所2株の群生でも一本立ちより隙間なく葉で覆われるようになり、木の持ちがよく、果実の日焼けも減少しました。

  • 苗団子で生育するトマト

 
 

4. 木をバテさせない収穫の工夫

 植物は発芽から幼苗期、伸長期に葉・茎・根など植物の体をつくる栄養成長が盛んになります。最盛期の茎葉繁茂期を迎えると開花、着果が増えて開花期になり 、子孫を残すための器官をつくる生殖成長が盛んになります。果実が肥大成熟して草勢が衰え始めると成熟期に入りタネができます。

 キュウリ栽培では未熟果を毎日収穫するため、成り疲れによる茎葉の弱体化が起きないように、 栄養成長と生殖成長を並行して進めなければなりません。そこで2023年は木をバテさせない収穫の工夫として、収穫する大きさをミニキュウリのサイズにして、朝夕2回獲りを試みました。一般の収穫サイズは100g前後、長さ22㎝が標準ですが、20〜40g前後、長さ12〜15㎝前後で収穫するのです。我が家ではキュウリを毎日糠漬けにしますが、ミニサイズを浅漬けにすると薄塩で丸かじりでき、旨味も増し好評でした。ミニキュウリサイズでの収穫は、標準サイズより木への負担が少なく、成り疲れ予防に有効です。しかし、収穫期間が長くなるにつれて収量が落ちてきます。成り疲れを起こすとなかなか回復しません。草勢が落ちてきたと感じたときには思い切って開花直後の実まですべて摘果します(未開花の実は残す)。

 実を摘果するには勇気がいりますが、生殖成長を抑えて栄養成長を回復させることが大事です。着果による木の負担 を軽くしてやると自然に生長点に正気がよみがえり、大きな雌花を咲かせるようになります。

 
 

5.腐葉土がつくられる溝は生き物のオアシス

 畝の両側に切った浅い溝(第1回参照)には、定期的に刈り取った草生帯の草や、除草した畝の草、野菜の収穫残渣など畑から出たすべての有機物を投入します。溝の底にはミミズなどの土壌動物によって分解された腐植土がつくられ、様々な土壌動物の住みかになっています。この溝には野菜の根がマットのように密に張ってきており、程よく湿り気のある溝は生き物たちのオアシスのような存在です。

 2023年の8月の降水量は61.5ミリしかなく高温少雨の日が続き、野菜にとって過酷な月でした。乾燥が続くと溝も干上がって しまうので、果菜類の畝の両脇の溝にホースで直接かん水しました。溝の湿りを保つのが目的なので、かん水量は溝の長さ40〜50㎝当たり(支柱の間隔を目安に)バケツ1杯程度です。果菜類の畝の長さは16mあり、1畝の両脇の溝へのかん水に1時間程かかります。キュウリ、トマト、ナス、ピーマンの畝数は8畝あり、7月中旬から8月下旬まで計8回、各溝にかん水して高温少雨をなんとか乗り切ることができました。

 畝全体にかん水しなくても溝の湿気が保たれていれば、野菜は自力で根を溝まで張らせ、スタミナを維持することが分かり、溝はまさしく生き物たちのオアシスなのだと合点しました。

  • キュウリ畝両側の溝(支柱の脇に掘っている)

 
 

6.雑種強勢を生かす

 自然育種園で栽培する果菜類は、自然生えしたものから自家採種を繰り返して固定させた固定系統です。その中で特にキュウリ、カボチャ、トマト、メロンは特性が対照的な固定系統間で交配して交雑種にしています。たとえば、トマトなら大玉系と中玉系(第4回参照)、キュウリなら節成り系と枝成り系、カボチャなら粘質系と粉質系です(第5回参照)。2023年の猛暑では固定系統に比べて交雑種の方がはるかに草勢強く多収穫で、その強さが際立っていました。固定系統は形質が揃ってくると同じような個性の集団になり、遺伝的多様性(第5回参照)が低下してきます。それに比べて交雑種は両親の遺伝子を引き継いだ雑種になり、遺伝的多様性が増して雑種強勢が強く現れるのです。自然生え野菜から育成した固定系統は日持ちが良いのが特徴です。これらを交配して交雑種にすると、さらに日持ち性が向上して生命力が増します。

 その中でも特に驚かされたのがメロンです。固定系統の赤肉メロン(F1シャランテ後代から選抜)は収穫後の追熟期間が短く、日持ちが悪いのが欠点でした。2023年はこの赤肉メロンにタイの固定種から選抜した中生・緑肉系統を交配して交雑種にしたものを群生させ、自由に地面を這わせてみたところ、草の中で密なネットの素晴らしい大玉メロンを成らせてくれました。この交雑種の赤肉メロンは着果が良く、日持ちも改善され、追熟するとメルティング質で香り良い、爽やかな味に感動しました。

  • メロン群生

 
 

7.多様性に支えられた自然育種園

 異常気象が日常となり、気温の変化に対応できる品種を育てることが求められます。一般の品種は形質の揃いを重視しますが、私は雑種の柴犬のように、強さを兼ね備えた遺伝的多様性のある品種を育てていくことが、異常気象に適応するために大事ではないかと思っています。選抜年数の浅い系統を巣まき→苗団子→群生と集団にして栽培すると、環境の変化に対応して集団の中から最も生育の良い個体が現れるので、画一的な品種より順応性が高いと言えます。

 自然育種園には様々な生き物たちの営みが見られます。牧草や野草で覆われた草生帯は強日射から土を守り、地表の気温をやわらげてくれます。畝の両脇に切った浅い溝には、有機物 が豊富にあり、生き物たちの命の糧となり、腐植土がつくられて野菜の栄養源にもなります。畑全体にかん水や施肥をしなくても、オアシスのような豊かな場所がつくられれば、生命力にあふれた生き物たちの営みが生まれます。

 厳しい夏を経験して、自然育種園は遺伝的多様性のある個性的な野菜たちや様々な生き物に支えられていることをあらためて確認することができました。

 
 

第1回 自然育種園と歩む喜び
第2回 無施肥・不耕起の草生栽培
第3回 自然が苗を育ててくれる
第4回 野菜が自由に育つと個性が現れる
第5回 野菜は自生、交雑によって進化する
第6回 2023年夏の猛暑を乗り越えた野菜たち

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自然農法の種子