公益財団法人 自然農法国際研究開発センター 公益財団法人 自然農法国際研究開発センター

第3回 自然が苗を育ててくれる

 

概要
1. 自生トマトに学ぶ
2. 厳しい環境が強い根を育てる
3. トマトのペット栽培から学ぶ
4. 陽だまり育苗
5. 自然に育った苗はコンパクト
6. 定植後の管理
7. 十字鍬の使い方

 

1. 自生トマトに学ぶ

 資材に頼らない一反百姓では、しっかりした苗を育てるのが課題です。キュウリ、カボチャなどのウリ科野菜は生育が早いので直まきできますが、トマト、ナス、ピーマンなどのナス科野菜は、育苗期間が長いので早まきしないと収穫期間が短くなってしまいます。そこで、畑で自生しているトマトがいつ発芽してくるのか観察してみると、4月下旬のまだ霜が降りる時期に発芽してくるではありませんか。自生トマトはひとかたまりの集団となって発芽してくるものが多く、おサルさんたちが身を寄せ合って厳しい寒さをしのいでいる「猿団子」のようです。「猿団子」には体温保持の機能があるとされ、サルたちが体を寄せ合うことで寒い外気に触れる表面積を少なくすると同時に、互いの体温を保温に利用しあう効果があるといわれています。

 あちこちからひとかたまりになって発芽してくる自生トマトにもこのようなはたらきがあるのではないかと考え、私は群生して発芽してくる苗たちに「苗団子」と名付けました。「苗団子」の苗たちは伸び方が一様ではなく、外側の苗は直接風を受けるため伸びが遅くがっちりした苗になり、内側の苗は外側の苗に守られ、スクスク伸びて草丈が高くなるので、苗団子全体はお椀を伏せたような形になります。苗団子は風の強いときでもお互いに支え合い、風で倒れることはありません。また、遅霜があっても、内側の背の高い苗が傘の役目をして背の低い苗を守るので、全滅を防いでくれます。そしてこの苗団子の中から元気の良い株が伸びてきて、いつのまにか四方に枝を伸ばし、実を着けます。

  • アカザと競う自生トマトの苗団子

 

2. 厳しい環境が強い根を育てる

 自生トマトがなぜ遅霜の危険がある早い時期にあえて発芽してくるのか疑問に思っていましたが、寒さの中で育つ苗団子を見ていると、じっくり生長することで根を強く張らせているのではないかと考えるようになりました。キュウリの5月上旬まきと7月上旬まきを比べると、確かに5月上旬まきはまだ気温が低い日があり生長が遅いですが、節間短く茎太で葉が厚く、いかにも根が張っているようなガッチリした草姿になり、株の寿命も長いです。一方、7月上旬まきは暖かいので生長は早いですが、節間が長く茎細(くきぼそ)で葉が薄く柔らかく軟弱な草姿になり、株の寿命も短いです。

 思い込みかもしれませんが、自生トマトは雑草の中を生き抜くために、まだ寒い時期をあえて選び、苗団子になって寒さに耐えながら強い根を張らせているのではないか。そして苗団子の中から最も子孫を残すのにふさわしい苗を選び出しているのではないかと思えるのです。

  • 苗団子からトマトの森に変わる

 

3. トマトのペット栽培から学ぶ

 不良環境でもたくましく育つ苗団子の強さを確かめるために始めたのが、ミニトマトのペット栽培です。ペット栽培とは、晩秋に収穫したミニトマトの実をそのまま土の入ったポットに埋め、12月に入ってから室内に移して発芽させ、冬から春まで家の中に置いてペットのようにお世話するのです。そして春になったら畑に植え、自給野菜として秋まで収穫し、最後に収穫した実を再びポットに埋めて家の中でお世話する、これを毎年続けてペットのように長く付き合っていくのです。

 トマトの育苗温度は日中20℃〜25℃、夜間8〜13℃といわれ、ヒトが生活する室温でトマトを育苗することは十分可能です。日中は苗を日光の差し込む窓辺などに置き、夜間は玄関などの暗くて8〜13℃を保てる場所に移します。1月頃になると、ポットに埋めた実から直接発芽が始まります(実が腐らないと発芽しないので、実がまだしっかりしているときは指でつぶしておく。土が乾いているときは実の周りを少し湿らせておく)。少しずつバラバラに発芽してくるため、大きさの異なる苗の集団になり、まさしく前述の苗団子のようになります。もし適温下で一斉に発芽していたら光を求めて徒長して共倒れを起こしていたでしょう。

 苗団子になるためには生育適温よりも少し低温の厳しい環境条件が必要であり、ばらついて発芽してくることによってお互いに競争せず、それぞれの場所で上手く光を捉えて生育し、森のような形になるのではないかと考えています。私の場合、家の中といっても無暖房の部屋に苗を置いていますから、ヒトの快適温度より低い温度環境で生育するため、時間をかけてじっくり生育しコンパクトな草姿になります。この苗団子をそのまま畑に植えて、間引きも整枝もせずに自生トマトのように自由に伸ばしてやると、蓄えていたエネルギーを発散させるように旺盛に生育し、霜が降りるまで長く成り続けます。

 ペット栽培トマトは毎日の苗の移動と水やりだけで、それ以外に特別お世話をするわけではありません。盆栽のように眺めているだけでトマトの森に癒され、気持ちが和らぎます。苗の生長を見守ることはトマトにとっても良い肥やしになっているのではないかと思っています。

  • 秋に収穫した最後の実をポットに埋める

 

4. 陽だまり育苗

 まだ寒い早春でも、日光がよく当たり、風のない場所はポカポカと暖かく、とても心地がよいものです。外気温は10℃くらいでも、日光が当たる場所の地表面は20℃くらいになっており、地面にへばりつくようにしてオオイヌノフグリやタンポポが可憐な花を咲かせ、春の訪れを感じさせてくれます。このような陽だまりを利用して夏野菜の苗を育てるのが、陽だまり育苗です。陽だまり育苗の目安は外気温が10℃以上になったときで、松本市では4月上旬頃です。自然育種園では育苗期間の長いトマト、ナス、ピーマンを陽だまり育苗で育てます。畝の脇の溝から掘り上げた腐植土の多い畑土を、ふるいにかけず大きい石だけ取り除いたものを育苗用土として使っています。

 

・置き場所の工夫
 陽だまり育苗は、南向きのベランダ、テラス、軒下などの壁際で風が吹き込まない場所で行うのが最適です。日なたでも風の強い場所は気温が上がらず生育が遅れます。また、一日中日当りの良い場所は少ないので、太陽の動きに合わせて移動できるような場所を何カ所か準備しておきます。

・陽だまり育苗の手順
 ハウスの温床育苗では最適環境で育苗するため、本葉4枚の苗になるまでの育苗日数は40日ほどですが、陽だまり育苗では外気温がまだ生育適温より低い時期に育苗するため65日かけて育苗します。松本で遅霜の心配がなくなる5月 25日に定植するためには、逆算して3月20日に播種し、5月8日に本葉2枚でポットに移植します。陽だまりに苗を置く時間は、朝日が昇って地表が温かくなってきてから、夕方の気温が10℃まで下がってきた頃までです。松本では3月下旬から4月はまだ最低気温が5℃以下まで下がるので、ペット栽培トマトと同様に夜間は玄関などの暗くて8〜13℃保てる場所に苗を移して適度に寒さに当てるようにします。なお、曇天や雨天で日中でも気温が上がらない日は、室内の日光の差し込む窓辺などに置きます。

・播種からポットに移植するまで
 巣まきとは一ヶ所にタネをまとめてたくさん播くやり方で、痩せ地や気温の低い不良条件の時に、発芽や初期生育を良くするために行われています。陽だまり育苗は低めの温度条件で育苗するので、巣まきしてそのまま苗団子で生育させた方が、適応力が高まります。低温期の育苗では、苗を寒さにならしながらゆっくり生育させるのがポイントです。
播種からポットに移植するまでは、毎日苗の出し入れをするので持ち運びに便利な連結ポット(6×6の36穴)を使い、1穴に6〜10粒まき、低温条件で2週間ほどかけてぼつぼつとまばらに発芽させます。このバラついた発芽が密になるのを防ぐので、間引かずそのまま苗団子にします。発芽始めは植物にとって敏感な時期で、冷たい水をかけると発芽を中止してしまうので、ぬるめの温湯でかん水します。かん水には水差しを使い、口先に細い小枝などを差し込んで水量を調整できるようにし、一穴一穴丁寧に行います。かん水は朝日が当たって土が温まってくる朝9時頃に行い、昼に表面が乾いているようならタネの部分だけ湿らせるようスジをつけるようにかん水します。低温期の水分過多は、発芽障害や病気の発生を招きます。夕方には土の表面が乾いているのが適量です。発芽後は苗の生育に合わせて徐々に水量を増やしていきます。

  • 36穴の連結ポットにトマトを巣まき

 

・ポットに移植してから定植まで
 松本では5月上旬に日最低気温が8℃以上になり、夜間も屋外に苗を出したままにすることができるようになります(霜注意報がでているときは玄関に入れる)。この時期に連結ポットから3寸〜3.5寸ポットに移植します。トマトは生長が早いので本葉2枚になったら3.5寸ポットに、ナス・ピーマンはトマトより1週間遅れて3寸ポットに移植します。移植後も苗は間引きせず苗団子のまま生育させ、葉が混み合ってきたらポットの間隔を広げて苗団子全体に光が当たるようにします。畑土を使っているポットの土には雑草が生えてくるので、定植までに2回ほど雑草を抜きとります。移植後、根が活着するまでは、かん水は株元にかける程度にし、伸び始めたら鉢全体にかけます。鉢底から少し滲み出る程度が適量です。

  • 移植適期のトマト

 

5.自然に育った苗はコンパクト

 太陽光を直接浴び、温度管理が外気温任せの陽だまり育苗の苗団子は、ハウスの温床育苗に比べて低めの気温下で育つため伸びすぎることはなく、小葉で節間が詰まり草丈が低くコンパクトな草姿になります。ポットに移植するまで毎日苗を出し入れしながら苗の生長を間近で眺めていると、野菜の表情、わずかな変化に気づくようになってきます。播種から定植までの65日間は長いようですが、子育てのように生長の移り変わりに一喜一憂しているうちにいつのまにかしっかりした苗に育っています。用土に畑土を用いているので畑に定植してもすぐ馴染み活着が早く、植え痛みすることはありません。

  • 陽だまり育苗の苗

 

6.定植後の管理

 定植は風の弱い穏やかな日を選び、午前中に植えるようにしています(私の自然育種園は山沿いにあるので、午後風が吹くときがあるため)。ポットの表面が少し出るように浅植えにします。定植後も苗団子のまま生育させますが、活着後苗の集団が大きくなってきて勢いの良い株が伸び出してきたところで、3株残して他の苗を間引きます。さらにその中で最も早く開花し、側枝の発生が多い株を1株残して一本立ちにします。

  • 定植後のトマトの苗団子

 

7.十字鍬(ぐわ)の使い方

 前回までに機械を使わない草生栽培で重要な農具として「大鎌」を紹介してきました。今回は、もう一つの重要な農具「十字鍬」の役割と使い方を紹介します。
 十字鍬は開墾や林業に使われており、鍬幅が狭く厚みがあり、硬い土でもよく鍬が入り、草剥ぎしても根株がよく切れます。鍬の形がツルハシのような形をしておりツルクワとも呼ばれ、尖った方で根株や石を掘り起こすのに便利です。しかしこの鍬の柄の長さが90㎝とやや短く、前かがみで作業しなければなりません。そこで平鍬用の柄を加工して取り付けてみると、腰を曲げずに作業ができ、体への負担が軽くなりました。
 これを使いこなすためには、鍬の重さと鍬を打ち下ろしたときの角度が大事です。力任せに鍬を打ち下ろすと土に対する鍬の角度が大きくなり(深く刺さり)、その分掘り起こす土が多くなるので力を要します。鍬を打ち下ろす角度を小さくして(地面と平行に近くして)土を浅く削るようにすると、力を入れずに楽に起こすことができます。畝脇の溝切りをするときは、一度に土を掘り上げるのではなく、何度かに分けて土を削り上げる要領で行います。
 畝上の草剥ぎをするときは、鍬の背の部分が地面につくように構えて、畝を左右に半分ずつ、中央から草の株元を削るように剥がしていきます。そのとき土が付かないようにしながら草をロール状に巻きとっていき、そのまま溝の中に入れます。小さい草を除草するときにも大まかなところは十字鍬を使っています。ダヤモンドシャープナーでよく研いでから鍬の背の部分が地面につくようにして、鍬の重さを利用し削るように株元を切っていくと楽に除草できます。

  • 十字鍬での溝切り

 

 

春の自然育種園と中川原さん

 


陽だまり育苗とペット栽培で野菜と共に暮らす

 

第1回 自然育種園と歩む喜び
第2回 無施肥・不耕起の草生栽培
第3回 自然が苗を育ててくれる
第4回 野菜が自由に育つと個性が現れる
第5回 野菜は自生、交雑によって進化する
第6回 2023年夏の猛暑を乗り越えた野菜たち

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