自然農法センターのタネは、耕耘は最小限、低栄養状態、通路部分は全て草、という独特の環境で育成されています。このような方法は、どのように確立されてきて、どのような特徴があるのでしょうか。「自然のタネ」の大半を育成し、定年退職後も育種や種子生産を続けられている中川原敏雄さんに、その誕生経緯や想いを伺いました。
①「自然のタネ」誕生秘話
②「自然のタネ」育成で大事にしてきたこと
③「自然のタネ」の現在と未来
「自然のタネ」の大半を育成した中川原敏雄さん
概要
1. 自然農法・有機農業に興味を持ったきっかけ
2. 草生栽培、少肥・無施肥、不耕起へ
3. 生態学と畜産に学んだ育種観
4. 生命力あふれる美味しい野菜作りとタネ
聞き手 どうして自然農法や有機栽培をはじめようと思ったのですか?
中川原さん いろいろあるけれど、一番は農薬をかける行為から逃れたかった。20代の頃はある民間種苗会社でキュウリの品種育成のための栽培と品種比較試験を担当していてね。農薬はだいたい1週間に1回かけるんだけれど、これを何十年も続けたら身体を壊しそうだなぁと。
聞き手 当時の農薬は今より危険だったのかもしれませんね。毒性以外にも使い方への配慮とか。
中川原さん 種子伝染の危険を避けるために、一般栽培以上に病害虫防除には気をつけなければいけなかったから、仕方のない行為だったのだけれど。あとは肥料への疑問もあって。そこでは多肥栽培への適応性をつけるため、農家の栽培以上にバンバン肥料を入れていて。このキュウリの生育は正常なのかな?と疑いながら、恐ろしいような樹を作っていて。そういう栽培が目的の仕事だったから、あれはあれで間違っていたわけではないんだけれど。
中川原さん 葉が大きくて緑が濃くて真っ黒で、すごい勢いで生育しているというか。で、そこで育成した原種を元に採種農家の現場で種子生産をしたら、あまりにも弱いことが分かって・・・病気にかかりやすいし、タネもあまり採れないし。これは肥料が多すぎるせいじゃないかなと。
聞き手 今とはまるで正反対の栽培でしたね。自然農法に転換される方によくある動機かもしれません。しかし今の、耕さず(不耕起)、施肥もせず(無施肥)、通路に草を生やす(草生栽培)といったユニークな環境での育種方法は、どうして生まれたのでしょう?
中川原さん それから別の種苗会社に転職して、育種を担当して、ここでもまだ農薬や肥料は使うんだけれど。ある時、スイートコーンの品種選定のためにアメリカへ出張する機会があったんだよね。その時に見て回ったある種苗会社の農場で、背丈の低い牧草地の中で、部分的に耕してスイートコーンを作っていたのを見て、びっくりしたんだよね。
聞き手 びっくり、とは?
中川原さん 他の会社では草が何もない裸地でスイートコーンを作っていたから、あまりにも光景が違って。この種苗会社では農家の牧草地を借りてスイートコーンの育種をしていたんだけれど、そこの女性ブリーダーが、涼しげな格好で、楽しみながらやっているように見えて、「良いな」と。それがず~っと頭の中にあって。草の中でも野菜が作れることはその時に分かったんだよね。あの頃は、牧草のタネは売られていても、緑肥作物という感覚はまだない時代だったんだけれど。
中川原さん そうだね。その後、いろいろな永年性の飼料作物を試験してみてね。当初は今使っているオーチャードグラスのような永年性飼料作物を入れるのは怖かったけれど、エンバク、クリムソンクローバー、イタリアンライグラスなどの一年草で4年くらい草生栽培を試したかな。助手もいなくて人手が足りず、除草が大変だったから、緑肥作物で草を抑えようとやっていたんだけれど、農薬をかけなくても病気になりにくくて、だんだんその良さがわかってきたんだよね。
聞き手 「草の中でもできる」から「草の中の方がいい、かもしれない」に変わってきたのですね。でも作物と草との競合があるのに、さらに無施肥・不耕起というのはかなり極端ですよね?
中川原さん 当初の草生栽培の施肥はボカシ肥料だけでやっていてね。当時の有機農家の間では島本微生物農法が注目されていて、ボカシ肥料は流行りだった。土ボカシとか。
あと、当時の種苗会社にはスイカの大先生がいて、その人が提唱していたのが、少肥無潅水栽培。会社ではポリマルチをすることによって肥料、水が省力でき安定したスイカ栽培ができる、とやっていて。最初はそんなので作れるのかな?と思ったけれど、実際に作れていて、一時期広まっていたので、私も少肥に切り替えてみたら、十分にできた。
聞き手 時代的にちょっとした少肥ブームがあったのですね。
中川原さん 私がそんな栽培で育種して、少肥的な品種ばかり作るので、会社では良くは思われていなかったけれど、原種コンクールでいくつか賞を連続でいただいていたので、何も言われず比較的自由にできて。しかし、何かしら先を行きたい気持ちがあって・・・。
そんなある時、自然食品店で無肥料栽培の本を貸してくれた人がいてね。福岡正信さんの自然農法は学生の頃から知っていたけれど、ここで初めて岡田茂吉さんの自然農法に出会って。
聞き手 こうした経緯があって、自然農法センターに来られて、育種が始まるのですね。
中川原さん 来た当初は米ぬかボカシを少量使って、耕してもいたんだけれど、どうしてもアブラムシの問題が解決しなくて。で、ボカシを止め、耕すのも止めてみたら、アブラムシがスッと止まって、すんなり生育して・・・。栽培条件を良くし過ぎるのはダメなんだなぁと。
聞き手 そこで草生栽培・無施肥・不耕起という今の型ができたのですね。でも、こう並べてみると、やっぱり極端というか、異端というか。不安はなかったのですか?
中川原さん 植林で有名な宮脇昭さんという植物生態学者がいるんだけれど、その理論「自然界の植物は、それぞれの生理的に最高な環境条件を選んでいるのではなく、ちょっと厳しく我慢が必要な環境で、他の植物と競争・共存しながら生育している」という考えに触れて、なるほど、と。栽培は生理的に最高の条件を作るのが基本なんだけれど、そこに大きな間違いがあるということを教わったんだよね。
聞き手 宮脇先生の植生理論ですか。肥沃な場所に植えて人が除草してあげれば大きくなる植物種は多くて、これが生理的に最適な場所なんだろうけれど、実際には肥沃地には生えていない植物種が多い。自然界の肥沃地では他の植物種との競争が激しく負けてしまうものが多いから、痩せ地や乾燥地でさまざまな能力を発揮して、ちょっと我慢した生活をしている。そのちょっと我慢する場所が生態的に最適な場所である、といった話ですね。
中川原さん 自然界で生きていくために備えている植物の力を引き出すには、生理的に最適な栽培条件を作ってはいけないのかな、と。そして植物も我々人間も同じなんだろうなぁと。
聞き手 人間も、という辺りは宮脇先生の『植物と人間』という著書で力強く述べられていますね。
聞き手 畜産までもが育種のヒントになっていたとは、視野の広さに驚かされます。
中川原さん 実は私ね、大学を出てから一時期肉牛の牧場にいて。そこでは小っちゃい牛は牛舎に入れられっぱなしで、大きくなったら広いところに放されるんだけれど、すると、牛が跳ね回るくらいに喜ぶんだよね。放牧と牛舎に繋がれているのでは、こんなに変わるのかと。
牧場や私の畑に子どもが来た時に、草の上ではみな喜んで走り回る。うちの子どももそうだったんだけれど、あれは何なんだろう?と。植物で土が見えないオープンなところでは、人も牛も何か元気になるスイッチが入るんじゃないかなぁと。
聞き手 確かに、子どもは草っぱらでは走りますね。芝生の公園に着いたら、表情が明るくなってまず全力で走ってみているような。
中川原さん 私がアメリカで牧草の中のスイートコーンを見た時も、何かスイッチが入ったかのような気分になっちゃって。ウキウキする感覚。植物の生命がいっぱいあると、何か感じるんじゃないかねぇ。宮脇先生はそんなことをいっぱい書いていた気がする。
聞き手 草の上でウキウキする感覚が原点にあったとは意外でした。草による土づくり、とか、ちょっと厳しい環境、とかいうのは後からついてきたのですね。さて、そんな環境で栽培された作物からは、どんな違いを感じますか?
中川原さん 私は育種をやっていたから、味にはうるさいし、ちょっと自信があるんですよ。畑の土の養分が濃くなってくると、味が悪くなってくる。薄くなったり、変な雑味が入ってきたり。魚も山菜も養殖物と天然物では味が全然違うけれど、それと同じなのかなと。
聞き手 キノコも別物ですね。これだけ技術が発達してきても、なぜか天然物の味は出せませんよね。
中川原さん 天然物がなぜおいしいか考えなければいけないけれど、やっぱり生き生きとした生活、本能から行動して、子孫を残すために一生懸命体内に蓄えていくものが味になっていくんじゃないかなと。そう考えると、今の野菜栽培はそうじゃないでしょう。
聞き手 味を良くする方法は未解明なのでしょうが、やや低栄養気味の厳し目な環境で良くなる、と自然農法では言われていますね。収量は減ってしまうので、味が評価されない限り経済効率は悪いのですが。タネに関してはどうでしょう?
中川原さん タネの寿命がずいぶんと変わって、長くなったんだよね。ニンジンでも何でも。この理由も分からないんだけれど、普通の栽培と違う厳しい環境だから、子孫に伝えるようにため込む栄養が変わるんじゃないかなと。自然界のタネは1年後に全てが芽を出すわけじゃないから、土の中で何年も眠っても大丈夫なように、子孫を残すためにせっせと蓄える生育をするのかなと。条件が良すぎるとそれを蓄える必要がないのかもしれない、分からないけれど。
中川原さん 世間の野菜栽培は全然違って、子孫のことなんて考えてないでしょ。しかし、タネ採りも栽培も一緒でなければならない、と、自然農法センターへ来て考えるようになったんだよね。『自家採種入門 ― 生命力の強いタネを育てる ―』にも書いたけれど、人間のための栽培じゃなくて、野菜の子孫のための栽培。すると野菜の日持ちも良くなって、腐りにくいような野菜になるんじゃないかなと。
聞き手 野菜の子孫への情けも野菜の為ならず、で、人の為にもなるのですね。
中川原さん 隣の畑はタネの検定(販売前のタネに混じり物がないかを確かめる栽培)が目的なので手間をかけていないけれど、無施肥栽培。でもポリマルチをして水をかけて作ると、同じ土でも味が全然違うし、病気の出方も違ってくる。隣のキュウリは牛舎の牛で、こちらは放牧、という感覚。だから単に肥料をやらなければいいというものでもないんじゃないかなと。
その辺のこともあって、草生栽培も無施肥も不耕起もこだわってはいないのだけれど、ちょっと厳しい環境で子孫を残すために一生懸命生育している作物を選んだり、そこから収穫しないといけないんじゃないかとなったら、結果的にこうなってきた。
中川原さん 自然農法センターに来てからも前の種苗会社とは共同研究をして、育種素材を提供してもらっていたんだけれど、これまで育種してきたタネが弱いこと、全く違うことが分かったんだよね。それまでは「タネに悪いことをしていたな」と思って。うちの品種がすぐ増えたのは前の会社からタネを持ってきたからだ、という人がいるけれど、それは全然違って、ここに来て一から育種し直してます。
ちょっと厳しい環境で子孫を残すために、植物の持っている情報をたくさん生かさなければならない環境で栽培して、根張りがいいと思えるたくましいものを探して・・・。実際は根なんて見えないんだけれど、我慢が必要な環境でもしっかり自立して自分で養分や水を集められる、ボスのような作物がひょっこりと出てくる。これが根張りがよくて自然農法に向いているんじゃないかなと。そこからさらに病虫害に強く、味や収量のいいものを探してタネを採って、別の弱いけれどいいところのあるものと掛け合わせたりして、育種してきたのが今の品種たちなんです。自家採種しやすいように、交配種(F1)でもタネの採りやすさになるべく配慮して。もちろんこの畑以外の自然農法や有機農家の現場でもその良さを検証してね。
聞き手 自然農法センターのタネが、どういった考え・方法で育成されてきたのか、よくわかりました。最後に、退職されてからのことについて簡単に教えてください。
中川原さん ここ数年、こぼれ種から自然に生えてきた作物の中から、人間の好みを知っているのではないか?と思えるような高品質で食味の良い自生ダネが次々と生まれてきていて。自生させると野生に戻って苦くなったりするんじゃないかと思っていたけれど、その思い込みが打ち消されてきていてね。植物の変異の神秘性に驚かされているんです。今後も植物の心を尊重した育種を進めていきたいと思っています。
聞き手 それは面白そうなお話ですね。次の機会にぜひ詳しく伺わせてください。さまざまなお話ありがとうございました。
インタビュー:2018年7月
聞き手・文責:大久保慎二
①「自然のタネ」誕生秘話
②「自然のタネ」育成で大事にしてきたこと
③「自然のタネ」の現在と未来